カザマンス紛争
ギニアビサウとの国境地帯にあるカザマンス地方の分離独立を進めるカザマンス民主勢力運動が、ギニアビサウを根拠地に反政府武装闘争を開始。
1998年MFDCと政府がガンビアの仲介で和平交渉に入り、1999年12月双方が停戦合意。
2001年3月、停戦の再確認や捕虜解放など5項目の和平協定に調印した。
しかしその後もMFDCとみられる武装集団による略奪・襲撃事件が頻発し、2002年1月中旬にはニアン内相がMFDCの指導者と会談。
2003年、MFDC事務総長シーディー・バッジが死去。
和平交渉は継続。2004年12月30日、アブドゥライ・ワッド大統領とMFDC事務総長オーギュスタン・ジャマクヌ・サンゴールの間で和平合意。
しかし、MFDCの強硬派の一派であるサリフ・サージョの部隊による襲撃事件等が2006年になってからも頻発しており、また、3月から4月にかけ、ギニアビサウ国境地域でギニアビサウ軍との戰闘が繰り広げられるなど、当地方の政治情勢は依然不透明な状況にある。
日本国外務省の渡航情報では渡航延期勧告が継続中。